違いは、はじめ、怖いものでした原点
なぜ、私だけが違うのか
山口県に生まれました。身近に見よう見真似のできる兄姉やいとこがおらず、何をするにも”初めまして”。道があるかどうかも分からないまま突っ走る子どもでした。
加えて、アトピーがひどく、給食の牛乳も卵も口にできませんでした。献立表を見て、その日は別のお弁当を持っていく。冬になると全身が切れて血が滲み、痒くて眠れない。なぜ私だけがこんなに違うのか、とずっと思っていました。
見方が変わったら、身体が変わった
あるとき、誰かの一言をきっかけに、見え方がひっくり返りました。「痒みと違いの中に、小さな私がいる」のではなく、「私の人生の中に、たまたま痒みがある」。
主従が入れ替わった瞬間に、景色が清々しく広がって、あんなに眠れなかった痒みが引いていきました。
ずっと続けられたわけではありません。それでも、ものの見方ひとつで、心も身体もやることも、一瞬で変わりうる。それを頭ではなく身体で知りました。
同時に、逆側も知りました。違いに向けられる無自覚な冷たい眼差しが、人をどれだけ縮ませるか。悪意がなくても、人は自分の安全を守ろうとして、刃のような目を向けてしまう。向けられた側は、できることまでできなくなる。目に見えないものが、これほど人を左右するのだと。
同じ構造を、世界の反対側で見た
大学で国際協力を学び、のちに東アフリカに関わりました。そこで見たのは、同じ構造でした。「助けよう」とするプロジェクトが、その場にいる人の力を静かに奪っていく。ハングリーで、クレバーで、すでに力のある人たちが、支援される側に置かれた途端に「ください」の姿勢になっていく。
一方で、あなたにも力があるのだから一緒にやりましょう、とパートナーとして向き合った途端、同じ人が「ない」ではなく「これがある、あれができる」と語りはじめる。眼差しが変われば、現場が変わる。
そうやってフラットに見ると、もう「アフリカ」と一言では言えなくなります。国ごと、人ごとに、キャラクターが立ちすぎているからです。違いが、怖いものから面白いものに変わる。この転換をどう起こすのか。それが私の仕事になりました。
だから、方法にしましたParadigming ― パラダイムを選び直す
あの日の転換を、才能や偶然のままにしておきたくありませんでした。気合いや意識の持ちようの話にもしたくなかった。誰でも、必要なときに、意図して起こせるようにしたい。そのための方法論が Paradigming です。
パラダイムとは、その人が世界・人間・自分について無自覚に置いている前提のことです。ふだんは見えません。見えないまま、何が可能で何が不可能かを決めてしまう。Paradigming は、それに気づき、必要に応じて選び直せるようにする実践です。
- 身体から入る
- 神経システムの状態が、そもそも何をどこまで知覚できるかを決めています。脅威を感じている身体は、視野を狭めます。
- 物語から入る
- 同じ出来事も、どの物語の中に置くかで意味が変わります。主従が入れ替わると、行為が変わります。
日本ではこの二つは、たいてい別々の流派として扱われています。私が扱うのは、その両方をひとつの設計として組む統合のアーキテクチャです。理屈からではなく、あの日の体験がまさに両方だったから、そうなりました。見方が変わって、身体が変わった。順番はどちらからでも起こります。
この方法は、9年にわたって企業の変革と個人の伴走の両方で使ってきました。かつては「脳マネジメント」の名前で伝えていたものです。
いま、日本で起きていることなぜこの仕事が必要か
組織の現場でよく聞くのは、施策が定着しない、研修が効かない、という話です。原因は打ち手の質だけではないと考えています。二つの前提が重なって、個が立ち上がれなくなっているからです。
- 機械論的な経営観
- 人を部品として最適化し、統制すれば動くと考える前提。複雑さの前では、締めつけるほど裏目に出ます。
- 同一性への圧力
- 違いは怖い、揃っているほうが安全だという前提。私が子どもの頃に浴びた眼差しと、同じものです。
この二重の拘束のもとでは、個の「ならでは」は表に出てきません。出てこないものを、制度や仕組みだけで引き出すことはできない。組織は、その内側にいる人以上に生き生きとはなれないからです。
そしていま、分析・最適化・専門性という層は、機械のほうが速くこなすようになりました。人に残るのは、在り方の層です。どこから世界を見るかを選べることが、特別な能力ではなく、働くうえでの前提になっていく。私はそう見ています。
提供していること個人から、組織、地域へ
入口は違っても、扱っているものは一つです。見えない前提に気づき、選び直し、ならではを取り戻すこと。
-
個人
PALs ― Paradigming の実践プログラム
整える、ならではを物語る、灯す。三つの章を通じて、自分を動かしている前提に自覚的になり、そこから選び直せるところまで伴走します。
-
法人
組織変革の伴走
制度設計の手前にある前提から扱います。既存事業と新規探索を同時に抱える組織で、個が立ち上がることを起点に変革を設計します。
-
機関
hal(hokan advanced lab)
Hokanグループの創造研究機関。Authenticity & Vitality の領域で Executive Advisor を務め、Jeremy Hunter教授との対話シリーズ「危機を、糧に変える」を企画・制作しています。
-
地域
ナシテフクオカ(?FUK)
海外から移り住んだ人やデジタルノマドといった「よそから来た人」と、福岡の「地元の人」が出会う場。どちらかがどちらかに合わせるのではなく、互いの違いを活かし合って新しい価値を共に創ることを目的にしています。毎月の日英二言語の会は、一方通行のトークで終わらせず必ずワークショップまで行い、そこで生まれた対話をポッドキャストとニュースレターで場の外へ運びます。そして、この土地の魅力と文化構造を言語化・体系化し、他の地域や社会にも手渡せる普遍的な知へ育てること。そこまでを射程にしています。
-
実践
From Crisis, With Wisdom
危機を避けるのではなく、糧に変えるための実践。いま自分の神経システムがどの状態にあるかを、自分で見立てるところから始めます。
-
次の世代
高校でのワークショップ
「こんな自分もいたんだ」という一時的な変化が、次の選択肢になります。若い世代との場は、それがもっとも鮮明に現れる場所です。
その先に、何が生まれるかVitalization ― 研究として
生命が、生命をひらき、
新しい可能性を生み続けるプロセス。
前提が選び直されると、その人の生命力が動き出します。それは本人の中で完結しません。ひらいた人が、隣の人をひらく。ひらかれた人の反応が、こちらの前提をまた揺らす。どちらがひらいた側かを、もう決められなくなる。
この動きを Vitalization と呼び、いま研究として深めています。心理学には subjective vitality(主観的活力)という確立した概念があり、そこは土台として尊重したうえで、私が扱いたいのは状態そのものではなく、生命力が動き出し、動かしあうプロセスのほうです。
- 生命がある
- 使えるエネルギーがあり、身体がひらいている。
- ならではがある
- その生命が、借り物ではない自分に接続されている。
- 選び直せる
- どこから世界を見るかに、自覚と選択の余地がある。
- 生まれる
- その間から、まだなかったものが立ち上がる。
定義はまだ完成させていません。ナシテフクオカ、組織変革、PALs、高校の場——それぞれを事例ではなく、仮説を確かめる現場として見ています。
Vitalizing people, relationships, and ecosystems through Authentic Power.
ならではの力で、人と関係とエコシステムに、生命を灯す。
歩いてきた道Profile
認知科学、発達心理学など分野横断する知と実践を土台に、機械論的なパラダイムから生命を肯定するパラダイムへの移行を扱ってきました。
バンクーバーで4年を過ごしたのち、2026年に福岡・糸島へ。家族という単位を少し広げたら、もっと自由になれるのではないか——そう思ったときに、それができる友人たちがすでに福岡にいました。玄界灘に向かって開いてきたこの土地には、違うものを排除せずに生かし合ってきた知恵があります。「福岡だからでしょ」で終わらせず、他の地域にも、一人ひとりにも渡せる形にすること。それが、いまの裏ミッションです。
- 著書『Brain Management』(日本語・英語・韓国語で刊行)
- 受賞The Wall Street Journal「New Era Leaders」特別賞(ニューヨークにて)
- 背景認知科学/オートポイエーシス(Maturana & Varela)/エナクティビズム
- フィールド東アフリカ(エチオピア他)、バンクーバー、東京、福岡・糸島
- 拠点株式会社La torche(本社・東京/糸島を拠点に活動)